熱狂と静寂が交錯する、パラスポーツの最前線。
その現場で川崎先生が体感したのは、「支える」という言葉では語り尽くせない、プロフェッショナルの世界でした。第71回 川崎先生コラムお届けします!

「福祉」を超えた熱狂、世界が目撃するトップスポーツの現在地
いま、世界においてパラスポーツを取り巻く環境は劇的なパラダイムシフトを迎えています。
かつてのような「リハビリテーションの一環」や「社会福祉」という枠組みを遥かに超え、数万人の観客を総立ちにさせ感動や勇気を与える純粋な「トップスポーツ」として確立されています。
現在、多くのパラアスリートが企業とプロ契約を結び、世界の第一線で活躍しています。
極限まで研ぎ澄まされた身体能力と、勝利への執念は見る者の心を激しく揺さぶります。
限界に挑み、プロとして輝き続けるパラアスリート。
そのひたむきな姿勢に触れるたび、私たちの心には深い敬意と勇気が湧き上がります。
しかし、日本国内に目を向けると、その認知度はまだ「特別な活動」の域を出ていないように感じます。
パラスポーツの真の魅力は、単なる障害の克服という物語に留まりません。
それは、「残された機能を最大限に生かし、いかに研ぎ澄まされた能力へと昇華させるか」という、人間の可能性の極致にあります。
私は、視覚障害者柔道大会において選手のサポートに携わり、その「可能性」を支える柔道整復師という職業の、新たな使命を確信する経験をしました。
研ぎ澄まされた感覚――視覚障害者柔道の衝撃
「全日本視覚障害者柔道大会」で2名の選手に帯同しました。
会場に足を踏み入れた瞬間に感じたのは、一般の柔道大会とは明らかに異なる、静寂と熱気が入り混じった独特の緊張感でした。
パラオリンピックや世界大会では、視覚障がいの程度によりJ1(全盲)とJ2(弱視)にクラス分けされたうえで体重別(男女各4階級)で争います。
今回の全日本大会では、J1とJ2の混合で行われ、全盲の選手は、柔道着の袖に赤い丸を付けています。

試合の基本的なルールは、一般のルールと同じですが、
視覚障害者柔道(パラ柔道)の最大の特徴は、「互いに組んだ状態(組み手)」から試合が始まることです。
通常の柔道であれば、離れた間合いから相手の隙を伺う時間がありますが、パラ柔道では主審の「始め」の合図と同時に、100%の出力で技の掛け合いが始まります。

視覚情報が遮断、あるいは極端に制限された世界において、選手たちは指先から伝わる柔道着の張り、足の裏から伝わる畳の振動、そして相手のわずかな息遣いや重心の揺らぎを、驚異的な精度で感知します。
バチンと畳を叩く音、衣が擦れる音、そして選手同士の体がぶつかり合う鈍い衝撃音。
視覚に頼らないからこそ、他の五感が極限まで研ぎ澄まされ、反応速度はコンマ数秒の世界で争われます。
その迫力は、観る者の魂を揺さぶり、身体の機能とは何かを深く問いかけてくるようでした。
クラス別の技術的工夫――J1(全盲)とJ2(弱視)へのサポート
彼らをサポートする際、このクラスの特性に合わせた微細な工夫が求められます。
📍視覚情報の「正確な言語化」
選手にとって、見えない情報をいかに早く、正確にキャッチできるかは勝敗に直結します。
✓状況描写
「あっち」「そっち」などの指示語は使わず、「クロックポジション(時計の短針の位置)」を使って方向を伝えます。(例:「3時の方向に段差があります」「正面12時の方向に相手がいます」)。
✓試合中の情報
残り時間、審判のジェスチャー(「待て」「指導」など、声に出ない合図がある場合)、スコアボードの状況などを伝えます。試合中、選手は相手の足音や主審の声、コーチの指示を頼りにしています。そのため、プレー中は静かに見守るのがマナーです。コーチであっても必要以上の声掛けは制限されます。
✓練習中の技の解説
どのような動きをしているか、具体的に言葉と、必要であれば選手の体に触れて伝えます。選手の特性と競技の本質を鋭く洞察していなければ、選手と指導者の感覚を一つに結び、高みへと導くことはできません。
■安全な誘導、それは信頼の対話
道場内での移動において、サポーターは選手の「目」となり、安全と安心を担保する存在です。
基本は、半歩前を歩き、選手に肘や肩を預けてもらうこと。
手を引くのではなく、選手の意思を尊重しながら共に歩む姿勢が、信頼の基礎となります。
段差一つ、足元の荷物一つ。見えないことによる恐怖心を拭い去るには、路面状況を丁寧に言語化する配慮が欠かせません。
急な動きを慎み、流れるようなリードを心がける。その細やかな積み重ねが、選手が競技に全神経を集中させるための「心の平穏」を形作るのです。
■障害の程度への理解: 全盲の選手と、弱視の選手では見え方が全く異なります。
その日のコンディションや個々の見え方に合わせた配慮が必要です。
選手が求めているのは、「信頼」です。競技に100%集中できる環境を作ってくれるパートナーを必要としています。最も能力として必要なのは、コミュニケーションです。
技術的な誘導スキルも大切ですが、「今、何の情報が欲しいか?」を常に想像し、先回りして言葉にできるコミュニケーション能力が最も重要です。
圧倒的な「自律心」――健常者アスリートを超える自己管理能力
この現場で私が最も強い感銘を受けたのは、選手たちの圧倒的な自律心と自己管理能力でした。
一般的に、障害者スポーツの現場では、周囲が細かく世話を焼き、手助けをするシーンを想像するかもしれません。しかし、現実は全く逆でした。
世界を舞台に戦うパラアスリートたちは、「自分のことは自分でする」という精神が極めて高く、その意識はともすれば甘えが出てしまう健常者の選手よりも遥かに高いレベルにありました。
健常者のスポーツ現場では、ちょっとした荷物の移動や身の回りの雑事をスタッフに頼む光景がよく見られます。しかし、彼らは自身のコンディションを誰よりも厳格に把握し、自分に何が必要で、何が不要かを明確に判断します。
安易に他者に依存せず、自らの身体と対話しながら戦いの準備を整えるそのストイックな姿は、プロフェッショナルそのものでした。

プロが認めるプロ――国家資格保持者との共鳴
パラスポーツ界、とりわけ視覚障害競技においては、多くの選手が「あん摩マッサージ指圧師」や「鍼灸師」の国家資格を保持しています。
彼らはアスリートであると同時に、人体の構造を知り尽くした身体のプロフェッショナルでもあります。
その選手たちが、勝利のために医学的な知見に基づいた具体的な要求を投げかけ、自らの身体を預けてくれます。
「ここの筋肉の張りをどう取るか」「身体の不安をどう改善するか」。
そうした選手たちの切実な期待に応えたいという想い。それは、柔道整復師として培った技術のすべてを注ぎ込み、一人のサポーターとして心身ともに支え抜くという大切な使命だと感じています。
「限界を超えた20分。畳の上に刻まれた不屈の精神」、指先に込めたコンディショニング
大会の決勝戦。そこには、言葉を失うほど凄まじい光景が広がっていました。
実力は伯仲し、試合は規定の4分では決着がつかず、延長戦(ゴールデンスコア)へ。
最終的に時計の針は、実に20分を回っていました。通常の5倍近い時間、常に全力で組み合い、投げを打ち、耐え続ける。それはもはや技術の競い合いを超え、魂を削り合うような時間でした。
蓄積する乳酸、乱れる呼吸、遠のいていく意識。身体が悲鳴を上げる極限状態にありながら、二人の心が折れることは決してありませんでした。ただ勝利だけを見据え、懸命に技を繰り出し続けるその姿に、会場は静かな熱狂に包まれていました。
ルール上、試合中に声を出し、声援を送ることは許されません。私は溢れ出しそうな鼓舞の気持ちを抑え、見守り続けました。
そして試合終了後、彼らの身体に触れ、手技を施しました。
私の指先を通して伝わってきたのは、尋常ではない筋肉の強張りと、全てを出し切った者だけが持つ誇りです。
柔道整復師が持つ「徒手療法」の技術は、こうした極限状態において、即効性のある最大の武器となります。
疲弊した筋肉を蘇らせ、神経の伝達をスムーズにする。私の指先が、選手の意志を畳へと繋ぐ「架け橋」になることを願いながら、全神経を集中させました。
限界の向こう側で戦い抜いた彼らに心からの敬意を表するとともに、私にとっても、あの日触れた熱量は決して忘れられない記憶となりました。
激闘の代償と、柔道整復師の真骨頂
見事、死闘を制して優勝を掴み取った瞬間、会場は割れんばかりの拍手に包まれました。
しかし、畳を降りた選手の表情には苦悶の色が浮かんでいました。
試合中、相手の足が激しく激突し、下腿部の骨は見た目にも痛々しく腫れ上がり、歩行すら困難なほどの激痛が走っていたのです。
ここで、柔道整復師としての真骨頂である「外傷処置」の出番となりました。
迅速な評価を行い、炎症を最小限に抑えるためのアイシングと、適切な圧迫処置を施しました。
処置を終えた選手から向けられた「ありがとうございます」という言葉。
そこには、単なる感謝を超えた深い「信頼」が込められていました。
柔道整復師は、選手と二人三脚で挑む、なくてはならないパートナーであると感じました。
柔道整復師が持つ「寄り添う心」と「確かな技術」は、アスリートが自分の可能性に挑戦するための土台となるのです。

柔道整復師が切り拓く、パラスポーツの未来
パラスポーツを日本でより身近なものにしていくために必要なのは、特別なものとして遠ざけることではなく、彼らの高い自律心や驚異的な身体能力を正しく理解することです。
柔道整復師は、日本伝統の「柔道」から生まれた唯一の医療職であり、骨・関節・筋肉のスペシャリストです。
競技特性への深い理解、「手当て」の専門性、自律を支えるパートナーとして、
これらの強みを持つ私たちは、パラスポーツの現場においてこれ以上ない適任者です。
私たちがパラスポーツの現場に積極的に関わり、その魅力を発信し続けること。
それが、障害の有無に関わらず、誰もが自分の可能性に挑戦し、互いを認め合える「当たり前」の社会を作る第一歩になると信じています。
あの20分間の死闘の先に見た、選手の晴れやかな笑顔。
その輝きを支える「確かな手」であり続けるために。
私はこれからも柔道整復師としての、パラスポーツの発展に尽力していきたいと思います。
柔道整復師・鍼灸師
本校柔道整復学科 専任教員 川﨑有子

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