夢を叶えた多くの卒業生がいます

卒業生インタビュー

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割田 憂貴さん

CASE01接骨院 院長

株式会社ゆうしん
運営部副部長兼エリアマネージャー
割田 憂貴さん柔道整復学科 卒業

日本医専で最高の仲間に出会え、
技術と人間力を学んで、
いまの自分がある。

PROFILE
高校卒業後、本校の柔道整復学科に入学。卒業後は関東を中心に接骨院・鍼灸院を多店舗展開している「株式会社ゆうしん」へ就職。現在は運営部副部長兼エリアマネージャーとして10店舗を担当している。
好きな先生に憧れ柔道整復師を目指したんです。

僕は中学から剣道をやっていて、その時に膝を痛めてしまい、家族がお世話になっていた接骨院に通うことになりました。柔道整復師という職業を知ったのはこの時ですね。

その接骨院の先生の人柄が好きで、高校生の時には「自分も柔道整復師になる!」と進路を決めていました。周りは皆、大学志望でしたが、僕は柔道整復学を学べる専門学校をいくつか調べていきました。

その中でも日本医専は、オープンキャンパスで感じた学校の雰囲気がとても自分に合っていて、一緒に頑張ろうと思える最高の仲間にも出会えました。

オープンキャンパスでは、「新しいことを学びたい」という意欲のある友達と出会え、その友達に会いに行く感覚で毎週のように参加していましたね。入学前から先生とも同級生とも打ち解けられたことで安心感もありました。

日本医専はとにかく実技が多い。

日本医専の魅力は、とにかく実技の時間が多いことです。包帯や、固定、整復法など日本医専で学んだ技術は、現場でとても役に立っています。

包帯の技術に関しては、先日社内で開催された技術大会で「包帯王」の称号をいただきました!また、接骨院、整形外科など様々な先生からリアルな現場の声が聞けて大変勉強になりました。解剖実習に毎年行けることも、日本医専ならではの魅力ですよね。

大切な人間力もここで学びました。

そして、日本医専は「人間力」の大切さも教えてくれました。この「人間力」は現場ではとても重要です。今は院長として人を育てる立場ですので、これからは自分と同じ思いを持つ仲間を見つけ、しっかり育てていきたいですね。

PROFESSIONAL
エリアマネージャーも任せてもらっています。

私が大事にしているのはマネジメント力。今はエリアマネージャーも任せてもらっているので、今後ますます自分の仕事を磨いていきたいです。患者様にも仲間にも本気で向き合うのが自分の持ち味。日本医専はその礎を作ってくれた場所で、学生の時から今もそれは変わりません。

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齋藤 翔海(しょうき)さん

CASE2整形外科病院

竹内整形外科
齋藤 翔海さん柔道整復学科 卒業

あらゆる面で
日本医専が
上回っていると思った。

一度は就職していたが再進学を決意した。

中学生の時にサッカーで怪我をして、その時から高校までずっと接骨院の先生にお世話になったことが、心に大きくあったのだろうと思います。実は、私は工業高校を卒業後に一度、工業系の業界に就職しているのですが、どうもしっくり来なくて、人生このままでいいのだろうか、と思うようになっていた私は、やはり自分も接骨院でよくしてもらった先生のような仕事がしたい!と思い直して、再進学を決めました。
親は反対しませんでしたが、自分の人生には自分で投資しなさい、と学費は出してくれなかったです。でも、自分の決意は固いものでした。

不安はあったが日本医専が解消してくれた。

そこで学校選びが始まるのですが、とはいえ不安はたくさんありました。
学費は大丈夫だろうか、払えるのか。勉強には付いていけるのか、国試は合格するのだろうか。実際に通い続けることは自分にできるだろうか。
そんな不安をたくさん抱え、いくつかの学校を見ましたが、日本医専の方が上回っていると感じ、私はすぐにAO入試を受けました。
学費は安いだけでなく入学後に奨学金のガイダンスもきちんとあったので無事に利用することができましたし、西武線沿線に住んでいる私は高田馬場まで1本ですからとても気軽に通えました。日本医専は山手線の駅から近くアクセスがいいことも特長ですよね。また、国試対策についても、先生が対策プリントで応援してくれたり、授業外に勉強の機会を設けてくれたり、仲間も一緒に集まってみんなで頑張っていけますし、不安なく頑張ることができました。日本医専を選んで本当に良かったです。

日本医専で技術を学び、整形外科という分野へ。

日本医専は実技が本当に多くて学ぶことがたくさんあるのですが、その実践的な内容だけでなく色々なジャンルの実技を学ぶ機会があることも特長です。マッサージやカイロプラクティック、それから特に3年生の時に学んだギブスの授業は印象的でした。授業外のゼミや空いた時間にも教えてくれる先生がいて、たくさん触ることができた経験は今とても役に立っています。
就職活動は2年生の後半から始めたのですが、たくさんの技術を学んだ上で進んでいくべき方向性については悩んでいました。OBの方々にも色々と相談しながら自分のビジョンを明確にしていきました。進路指導の先生には興味のある分野の施設見学のチャンスをたくさんいただき、熟考しました。その中で、慢性症の対応よりも外傷が多い整形外科という現場を知ることになり、私は整形外科を目指すことにしました。

自分の技術で人が喜んでくれるやりがい。

整形外科で働かせていただいている日々は、目の前の仕事に打ち込んで、とにかく成長の日々ですが、やりがいは大きいです。
転倒して指を骨折してしまったお子さんが来院して、私が固定をしてあげたら、痛くて泣いていた子どもが「ありがとう」と言ってくれました。そうやって自分の技術で人が喜んでくれることは私の夢でしたし、今とても充実しています。
日本医専はとにかく実技が多いことが魅力です。レントゲンや画像診断も実際に現場で使っていますし、包帯やギブス、様々な技術がすべて現場で意味を持ってきていることを実感しています。
私のように積極的に施術をしていきたいという人は、日本医専でしっかり学んで力を付けてください。整形外科という進路もおすすめですよ。

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松井 薫さん

CASE3パーソナル
トレーナー

パーソナルトレーナー
国士舘大学 特別研究員
NESTA JAPAN 設立参画理事
松井 薫さん柔道整復学科 卒業

体の中の筋肉や骨について、外からよく見て考える。
真のパーソナルトレーナーとして
感動を与えていきたい。

PROFILE
国士舘大学体育学部体育学科卒業後、南青山のスポーツクラブに就職。10年以上勤務したのち、パーソナルトレーニング専門のジムを立ち上げる。現在は、パーソナルトレーナー、スポーツトレーナーとして活動するだけでなく、芸能プロダクションに所属しているような“タレント型 カリスマトレーナー”にも水面下で技術指導を展開。国士舘大学での非常勤講師、および全国の市町村や企業の主催による健康セミナー・講演会で講師としても活動。日本テレビの人気番組「世界一受けたい授業」に体育講師として8回出演。テレビ朝日「徹子の部屋」には、フィットネス・スポーツトレーナー業界では初となるトークゲスト出演を果たした。まさに、日本医専の“トップガン”であり、日本を代表するカリスマパーソナルトレーナーの一人である。
自らのケガを機に独学でトレーニングを始めた。

私が体のことを勉強するようになったきっかけは、小学生の時に診断された、第五腰椎の分離症に他なりません。また、椎間板ヘルニアも併発してしまい、ふく前進でないと歩けない状態まで悪化してしまいました。すがる思いでいろいろな病院に行きましたが、「骨を削らなきゃダメだ」という先生や「手術は免れるが今後もう激しいスポーツはダメ」という先生ばかり。けれども私としては「手術はしたくないが運動は継続したい」。そこで、独学からのちに体育大学できちんとトレーニングの基礎を習得し、痛みを軽減するトレーニング法を見いだしたりしました。この経験と知識を将来活かすことができないか。自分と同様にケガで悩むアスリートを少しでも減らせないか。そんな想いからパーソナルトレーナーになろうと思いました。

自分の専門性が任天堂の目にとまる。

国士舘大学体育学部を卒業後、パーソナルトレーナーとしての活動を始めました。自分が研究していた重心動揺計(体のバランス測定)を取り入れ、HPでもそのメソッドを公開していたんです。それがたまたま任天堂の方の目に留まり、ある日、任天堂の京都本社に呼ばれて、『Wii Fit』(2007年)と、『リングフィットアドベンチャー』(2019年)のトレーニングメニューの監修をすることになりました。自分の信念とは、いつか通じるものですね。

40歳で日本医専に入学しました。

体育大学を卒業したあとも、東京のボディビル大会で3位になったあとも、本物のボディメイクトレーナーとして追求したい、感動を与えたい。という探求心を留めることなく、柔道整復師を取得するため、40歳で日本医専に入学しました。私が理想とする一流パーソナルトレーナーとは、独学や経験だけで指導せず、自身の体つきに加え、国家資格や国際ライセンスを有する者が信頼に値すると考えたからです。日本医専の授業は、とりわけ実技が多かった印象です。今でもよく使うキネシオロジーテーピング等も、とにかくたくさん巻きました。おかげさまで無事に国家資格を取得でき、クライアントには今まで以上に説得力のあるパーソナルトレーニングができるようになりました。

国家資格という裏付けは大きいです。

人を見る時、一番考えるのは、体の外から筋肉や骨の状態をしっかり想像すること。生身の体は、一人ひとり違う体であるということ。学んだ知識と経験、国家資格という裏付けをもって、人々に感動してもらえるよう、さらに頑張っていきたいと思います。

PROFESSIONAL
Wii Fitの監修や出版など
メディアも通じて感動を伝えたい。

私が学んできた重心誘導やバイオフィードバックの考え方はWii Fitの監修へとつながりました。おかげさまで今ではテレビ出演や出版などメディアを通して活動する機会も増え、トレーニングの素晴らしさや感動を広めています。

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吉田 希英さん

CASE4パーソナル
トレーナー

Eva Cuore Body
吉田 希英さん柔道整復学科 卒業

宝塚、
トレーナー、
そして国家資格で
スキルアップへ。

宝塚退団からバレエの先生。そして上京。

宝塚歌劇団を退団した私は、1ヶ月後にはバレエの先生になっていました。そこで生徒の姿勢を指導するうちに、身体づくりへの興味が大きくなっていき、大阪でトレーナー研修に通って、ジムでトレーナー活動を始めるようになったんです。その半年後には、さらにスキルアップがしたくなり東京へと移りました。
東京のトレーニングジムでトレーナーとして活動して3年が経つころ、今もお世話になっている現在のジムで松井薫さんに出会いました。松井さんは、もうすでに経験豊富なレジェンドという方で、筋肉博士という感じでした。その松井さんの影響で私も柔道整復師という資格を目指すことになるのですが、その松井さんの母校が日本医専だったのです。

日本医専に入学し、柔道整復師を目指す。

ある時、腰痛のお客様がトレーニングジムにいらっしゃったのですが、痛みの取り方を先輩の松井さんに聞いた時にこう言われたんです。「吉田さんの立場なら痛みのある方を診ることはできないので病院を紹介した方がいい」と。
トレーナーとして身体づくりをサポートすることはできても、痛みを取ることはできない。その現実に私は悩みました。どうすれば痛みを持っているお客様を救うことができるのか。私はすぐに松井さんも持つ柔道整復師の資格を取ることが得策と考えて、日本医専に入学しました。
信頼する松井さんの母校だったことはもちろん、日本医専は第一線で活躍する先生方が多く、実技が他校に比べて多いということも決め手でした。

4つのライフスタイル。

入学してから最初の頃は慣れるのに必死でした。なぜなら当時の私は、日本医専の学生のほかにトレーナーとしての仕事はもちろん、クラシックバレエの講師という仕事もしており、さらに、舞台にも出演していたので、計4つのライフスタイルをローテンションさせている毎日だったのです。
ですが次第にそんな生活にも慣れていき、日本医専の自由で明るい校風にも助けられて、毎日充実した日々を過ごせました。授業で柔道も初めて習ったのですが、おかげで筋力も付いて身体の使い方も上手になり、心だけでなく身体も強くなってきたことは今の仕事にも生きています。
また、学校で学んださまざまな実技を仕事場で即実践できるのも良かったですね。鍼灸学科との交流もありますし先生方も親しくなって色々と助けていただきました。

国家資格は宇宙すべて学んだようなもの。

今は日本医専で学んだことを生かして、肩が痛い方にはリハビリ法をうまくメニューに組み込んで治療をするなど、トレーナーの知識だけではできなかったことができています。またお客様には、より健康を維持して綺麗になりたいという方も多いですから、生活習慣を変えていただき継続いただく総合的なアドバイスも大切になります。
国家資格は大事だったか、と聞かれると、答えはYESですね。先輩の松井さんもおっしゃっていますが、柔道整復師という資格を取るために勉強することは、宇宙で例えると、地球だけ知るのではなくて、火星や水星など、太陽系のすべてを学ぶこと、と言えると思います。私は宝塚歌劇団での経験やトレーナーとしての活動のあと、さらに解剖学や東洋医学など多方面の知識が得られたことで、1つの分野に特化するのではなく物事を多角的に見られるようになりました。私は資格を取ることで格段にスキルアップできたと実感しています。これからも日々精進して「トレーナー」を追求していきたいと思っています。

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藤原 良次さん

CASE5スポーツトレーナー
/独立開業
/W国家資格

株式会社アールエフ 代表取締役
全日本スキー連盟 ナショナルトレーナー
きりん鍼灸整骨院 院長
藤原 良次さん柔道整復学科/鍼灸学科 卒業

藤原さんのところへ
行けばなんとかなる。
トレーナー冥利に尽きる
褒め言葉です。

PROFILE
大学卒業後、独学で競技スキーやスピードスケートのスポーツトレーナーとなる。本校の鍼灸学科を卒業後、「きりん鍼灸整骨院」を開業。鍼灸師としても働きながらスポーツトレーナー活動を続ける。更なるスキルアップのため柔道整復学科に入学しW資格を取得。現在は、全日本スキー連盟のトレーナーとして、国内外で活動している。
日本医専で間違いなかった。実技が多く、確かな力をくれる。

私がトレーナーを始めた時の師匠である高村コーチから、資格は飛び道具になるし絶対必要になるから取っておいた方がいい、と勧められて学校調べを始めたのがそもそものきっかけですが、今では本当に日本医専に入学して良かったと思っています。日本医専に決めたのも、インターネットで調べて、アクセスがいいことや費用面が魅力的で、直感ですぐに入学を決めたのですが、実際に入学してみると、日本医専は実技がとにかく充実していて、身についたことは今でもとても役に立っていますので本当に良かったと思っています。私は日本医専の鍼灸学科で学んだあとに柔道整復学科でも学んでW資格を取得しましたが、例えば古代鍼を足の裏から腿のあたりまで入れてもらったり、ギブス固定も施術者側と患者側の両方を経験したり、とにかく実技の中で学んでいくことが多いのが日本医専なんです。失敗や苦手な部分もそうした実技の繰り返しの中で見つかりますし、それを座学などの勉強で補っていく。この繰り返しで得たものは現場で後々とにかく違いを生んでくれますね。

日本医専で学びながらステップアップしていった。

振り返ると、日本医専に入学するたびにステップアップしていっているんですよね。最初はスキーの名も無いトレーナーから、鍼灸師になるため日本医専で学び、その後ご紹介をいただきスピードスケートのチームや社会人スキーチームのトレーナーをさせていただきました。そして再び日本医専で柔道整復師になるため学び始めてから、スキーの全日本代表を担当させていただくようになりました。そしてW資格となった今、私自身で整骨院(開業したのは鍼灸卒業後)も開業していますので、とても充実したトレーナー人生となっています。W資格というのは、特にお勧めです。鍼灸はコンディショニングで取れないけがの痛みも鍼で取れたり動きが改善することもありますし、逆に外傷や骨には柔道整復師としての知識や経験が重要となります。この両方を学んでいる私は、現場で臨機応変に治療を変えますし、機材など準備についてもあらゆるものを用意して対応します。それが違いを生み、今では「藤原さんのところに行けばなんとかなる」と言われているらしいです。

トレーナーを目指すなら迷いなく日本医専に来ればいい。

私もトレーナーとして成長してくることができ、後進の育成にも力を入れる立場になってきましたが、これから目指す方には、世界に目を向けてワールドワイドに活躍してほしいですね。日本はまだまだ終身雇用ですが、世界では1年単位での契約は当たり前です。ただ本当に力があれば、監督やコーチは変わってもトレーナーは選手の信頼を得てずっと変わらない。どこでも通用するトレーナーになるには、選手を支えてあげ、高みに連れて行ってあげられる存在になることです。日本医専は、海外での研修も進めている学校ですし、海外からの先生も来ています。それにオリンピックを始め海外で活躍する選手やその選手を担当するトレーナーとの交流もあり、実際に彼らから学ぶチャンスが溢れています。そういう環境は貴重だと思います。実技が多い授業や専門に特化したゼミ、そして日常生活すべてがリンクして治療家として確実に成長していく。そういう環境が日本医専なら手に入ると、私は確信しています。

PROFESSIONAL
独立開業して鍼灸整骨院も経営しています。

私はスポーツトレーナーとして活動しながら、独立開業して「きりん鍼灸整骨院」の院長もつとめています。柔道整復師・鍼灸師それぞれの強みを活かして、地域密着型の整骨院として日々、患者様と向き合っています。W資格があれば、可能性はどんどん拡がりますし、患者様にあらゆるサポートができるのが医療人としての私の喜びであり、誇りです。

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市川 真弓さん

CASE6スポーツ鍼灸師

株式会社ケッズトレーナー 神田小川町 配属
市川 真弓さん鍼灸学科 卒業

この業界はいま、
女性の需要がとても高いです。

PROFILE
鍼灸学科 昼間部 2015年卒業。株式会社ケッズトレーナー 神田小川町 配属。バスケットボールを経験後、スポーツの仕事に携わるため日本医専に入学。現在はケッズトレーナーで一般の方やアスリート選手に技術を生かしてトレーナー活動に励んでいる。
選手以外の自分らしいアプローチを探した。

小学校から高校までずっとバスケットボールをしていました。中学校の時に県大会なども出たのですが、渡嘉敷来夢さん(日本代表やWNBAでもプレー経験のある有名選手)が同じ県にいて、「あぁこういう人が活躍する世界なんだろうなぁ」と、レベルの差を感じていましたね。それでも勝つことが好きでバスケ競技は続けていたのですが、そのうち限界を感じてきて、何か自分らしい活躍ができる他のアプローチは無いだろうかと探し始めたんです。大学も受験しましたが、普通の学科に合格して、いざ考えてみると、やはりスポーツにもっと直結した学びがしたい。そう思うようになって、駆け込みのように日本医専に入学を決めました。日本医専の鍼灸学科に決めたのは、自分が部活のころに鍼治療に行ったことがあったので自分らしい道かなと感じたためです。

日本医専卒なら、どんな現場でもやっていけると思う。

日本医専の授業は、実際に入学してみて感じたのですが、とても広い視野を持たせてくれるものでした。例えばケガで炎症を起こした場合でも、いわゆるファンクショナルなトレーニングの他に、例えば鍼を使って炎症を抑えたり、電気を流してイオン交換により腫れを引かせたり、様々なアプローチがあることを実技の中で学べました。いま実際に患者様に対応していても、人によって何が効果があるかは本当に違うんですね。そうした時に、自分の中にさまざまな治療のアプローチがあるということは、本当に意味を持ちます。これは日本医専ならではの実技の中で習得していったものですから、財産ですし、これならどんな現場でもやっていけると感じています。鍼というのは奥が深くて、突き詰めていけば、治療は可能性が大きく拡がります。日本医専ならそれが突き詰められると、実際に学んでみて思いました。

女性鍼灸師が特に求められるアスリートの治療

いまの職場は、日本医専在学中から個人的に見学に来て自分に合うと感じたため入社したのですが、ここでは本当に多くのアスリートの治療に対応しています。一般アスリートももちろんですが、卓球、陸上、トライアスロン、バレーボール、フットサル、ボブスレーなど、色々なチームのサポートも行っているんです。そんな中でも特に感じるのが、女性の需要ですね。女性選手の活躍がめざましく、また一定の期間合宿などチームに帯同して治療やリハビリからメンタルまで、じっくりアスリートに向き合うということで、女性らしい仕事が必要となることなんですね。女性トレーナーの需要が増えていますので、日本医専はとにかく先生がいいですし、勉強したことは絶対にしっかり活きてきます。受け身にならずに先生や仲間を信じてついていって欲しいと思います。私ももっと頑張って、将来は自宅で開業という夢も描けたらなと思っています。

PROFESSIONAL
トレーナーとして指名が来ることも。治療家として確実に成長していく。

私が勤めるケッズトレーナーでは、オリンピック選手に帯同したり、さまざまなスポーツに携わっていますが、信頼を得ている有能なスタッフは、新しいトレーナーの仕事を指名で依頼される場合もあります。会社で社会人としても成長するのはもちろん、トレーナー・治療家としての成長を実感でき、夢は広がります。

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岡本 真理さん

CASE7美容サロン
オーナー

麻布ハリーク 代表
日本メディカル美容鍼協会(JMCAA) 会長
岡本 真理さん鍼灸学科 卒業

美容鍼を極め、後世に残す。
それが私の使命です。

PROFILE
米国留学中に鍼灸に出会う。その魅力に魅かれて、東洋医学を学ぶべく帰国。本校の鍼灸学科にて鍼灸師を取得後、各診療所で経験を積む。2009年に「美容鍼灸サロン 麻布ハリーク」を開業。日本における美容鍼灸のパイオニアであり、日本メディカル美容鍼協会(JMCAA)の会長としても精力的に活躍中。
鍼灸の魅力にとりつかれて帰国。

乗馬でオリンピックを目指していた私は、12才から大学まで海外でずっと暮らしていましたが、日本に帰るきっかけ、それが鍼でした。海外在住時、馬が足を痛めてしまい、あらゆる手を尽くしたのですが、治らない。そんな時、知り合いの獣医さんが、「鍼をはじめたから私に診せて」と言ってくれました。そしたらなんと症状が改善したんです。「なんだコレは!」と私はその神秘的な魅力にとりつかれてしまいました。ちょうどアメリカでは鍼灸への期待が高まりつつあった時期でしたので、日本へ帰国して東洋医学をしっかり学ぼうと決意しました。

各年代とも意識が高いしフレンドリーなのが日本医専。

帰国後、いくつか学校を見学しましたが、日本医専に決めた理由はとにかく雰囲気。オープンキャンパスに行った時、一緒に参加していた入学検討者の方たちが10人くらいいて、当時の私と同年代(20代前半)だけでなく、30代も、40代の方も参加していましたが、みんなとにかくフレンドリー。そして意識も高い。すぐに打ち解けて、参加当日にみんなで試験を受けて入学を決めました。

西洋医学と東洋医学は違いがあるが、つながっている。

授業で特に印象に残っているのは、やはり東洋医学ですね。たとえば五臓六腑の「肝」は、西洋医学で言うところの血液の貯蔵庫としての働きだけではなく、東洋医学では、精神状態や目とも密接な関係がある、という話になります。東洋医学は、気持ちや生活習慣も含めて、体全体を見ていくんですね。これは西洋医学にはない考え方ですが、それでいて双方はどこかでつながっている。そういったお話がお客様に出来るのはとても大事なことで、日本医専で学んだことが役に立っています。

もっと鍼灸を極めていきたいです。

お客様に預けていただいた体をしっかり最後まで見る。それが私たちの仕事です。私のサロンももう10年目。おかげさまで多くのお客様にご利用いただけるようになりました。何より提供する品質を大事に、鍼灸というものが、もっと皆さんの生活に欠かせない存在になっていくよう、もっと鍼灸を極めていきたいですね。

PROFESSIONAL
日本メディカル美容鍼協会(JMCAA)の会長として日々頑張っています。

私の一番のポリシーは、美容鍼をイメージアップしたい、と常に思っていることです。昨年、日本メディカル美容鍼協会(JMCAA)を立ち上げました。代表顧問にはドクターシーラボの開発者である城野先生を迎え、山野弘敏さんも協会顧問をしていただき、日々奮闘しています。美容鍼を他の美容医療と肩を並べる存在にし、多くの方に美容鍼の素晴らしさを知っていただくことが私の使命です。

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笹沼 琢さん

CASE8美容鍼灸院
ディレクター

銀座ハリッチ/麻布十番院
笹沼 琢さん鍼灸学科 卒業

鍼灸師を
「なりたい職業No.1」
にすることが目標。

鍼灸の体験が忘れられず転職。

私はバスケットをやっていて長年腰痛に悩まされていたのですが、大学生の時に知り合いの鍼灸師の方から鍼治療を受けたんです。初めての鍼治療でしたが、嘘のように痛みが取れて歩けるようになり、大変驚きました。この体験により、「もしかして鍼で何でも治せるようになるのではないか」と東洋医学に興味を持ち始めました。
一般企業に就職をしたあとも鍼灸への思いは変わらず、2年間勤務したあとやはり鍼灸の道を進もうと退職しました。会社を辞める不安よりも、やっと鍼灸をやれる!という期待感が大きかったですね。

日本医専の授業は今でも受けたい。

退職後はまず知り合いの整体院で働かせてもらいながら学校選びを始めました。他校も調べましたが、美容やスポーツなど幅広い鍼灸が学べるコースの多さや、雰囲気も良さそうで日本医専にすぐ決めました。
昼間部はお昼には終わるため仕事も続けられましたし、学費の面が不安だったのですが、バスケで全国大会に出場した経歴でスポーツ減免制度が使えましたので、この日本医専独自の制度はありがたかったです。
入学後はとにかく充実していました。生理解剖学の授業なんて今でも受けたいくらいです。毎回ビジュアルで分かりやすく豆知識も交えて教えてくださり、「こんなに分かりやすい授業を受けて点数が低かったら失礼だ」と思うほどでした。

どうして今までここに来なかったのだろうと感謝される。

日本医専で学んだことをそのままお客様に話すこともありますよ。例えば噛み締めで肩こりやエラ張りに悩んでいる方は多いですが、ストレスを感じる生活で人は噛み締める、というのは日本医専で先生に教わったことです。また、日本医専では模擬患者さんに施術する授業もあり、先生が実践しながら「この部位はここまで刺す」など具体的に教えてくれます。エステのコース授業では手の触り方も教わりました。施術の関するすべてを日本医専で学んで、そのすべてが今役に立っているという実感があります。
ここは港区麻布十番という立地から、経営者の方など裕福な方、あるいは意識が高いモデルさんやインスタグラマー、YouTuberなど、さまざまな施術をこれまで受けられた方が来ます。そんな方がたに「どうして今までここに来なかったのか」と言われて感謝されると嬉しいですね。

男性鍼灸師はこれからも注目。

整体院を経て、ここハリッチに入社した私は、銀座院のスタッフを経て、麻布十番院の院長に就任しました。入社当時は男性も少なく、美容の知識が女性ほど無いことも苦労しましたが、男性鍼灸師にもメリットはあるように思います。論理的に解剖学の視点で説得力のある施術ができたり、手が大きいので心地よさも男性ならではですよね。またお客様にも男性が増えてきましたから、美意識も高まっていて男性鍼灸師そのもののニーズも高まっているように感じています。
私の目標は、ここハリッチの信念でもあるのですが、鍼灸師を「なりたい職業No.1」にすることです。男性も積極的に目指してもらいたい世界だと思います。
日本医専は、スポーツも美容も学べるので将来も見つけやすいですし、ぜひ皆さん日本医専で頑張ってください。

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吉田 小百合さん

CASE9メンタル美容鍼灸
サロン開業

鍼灸Salon 心美 -Shinbi-院長
一般社団法人こころ鍼灸協会 代表理事
吉田 小百合さん鍼灸学科 卒業

夢は、癒やしの
テーマパークを作ることです。

出産がきっかけで鍼灸を学びたくなりました。

私が鍼灸を目指すことになったきっかけは、出産なんです。
赤ちゃんのお腹の動きが悪かったので、生後2日で鍼を受けたんですね。?鍼(ていしん)と呼ばれる刺さずに擦ったりするような優しい刺激の鍼治療で、なんとこの治療の当日に赤ちゃんが6回も便をしたんです。あまりに感動して私も鍼を打っていただいたのですが、産後で疲れていた身体が軽くなった実感がありました。
その経験に感動して、鍼灸を学びたい!と思い立ち、1年後には日本医専に入学しました。

日本医専は不安なく学べる環境でした。

日本医専に決めた理由は、子育てとの両立を考えて立地的に通いやすかったことが1つ。そして、選択授業のバラエティが豊かなことでした。
美容、スポーツ、婦人鍼灸など、様々な手技が学べることに魅力を感じました。
ただ、実際に入学する前は、子育てと両立しながら通えるのか、学びきることができるのか、という不安もありましたが、実際に入学してみると同世代の仲間も多く、先生方にも不安や悩みを相談しやすい環境で、すぐ不安は解消されました。
選択授業もほとんど履修しましたし、他クラスの生徒とも課外活動やクラブ活動で交流してみんな仲が良く、日本医専での日々は本当に充実していました。美容鍼灸の授業は特に楽しかったです。自分たちで鍼を打ちあい実際に効果を見比べ、和気あいあいとした授業でした。日本医専で学んだ美容鍼灸などさまざまな実践的な技術も今、どれも本当に役に立っています。

自己資金ゼロで自分のサロンを開業。

卒業後は、独立開業の道を進みました。入学時から小さい子どもがいて時間の融通が利く開業というスタイルを視野に入れていた私は、市の助成金を使って自己資金ゼロで開業を果たしたんです。
最初はビルのテナントでしたが、今は自宅に併設したサロンを新築して、そこをメインの拠点に、そして週1回は外部のメンタルクリニックにも勤務。また、鍼でメンタルを元気にしてもらう活動を広めるために「一般社団法人こころ鍼灸協会」も設立して積極的に活動しています。
鍼って、患者さんと接する時間が長いんですね。ですから鍼の技術だけでなくカウンセリングや心のケアもしたいといつも思っています。患者さんの中には、ストレスなどで怒りや悲しみなどの感情のコントロールをできなくなってしまう方がいます。しかし、鍼の施術を受けると身体の症状とともに、メンタルも別人のように落ち着いていきます。また、メンタルの関係で声が出ない患者さんが施術後には声が出るようになって帰られたり、そういう力が鍼灸にはあるんです。

今までの自分から卒業していただくサロン。

身体の症状が取れると、人はメンタルも改善するんですね。赤ちゃんもお年寄りも、キレイになって喜ばない人はいないんです。対処療法で鍼を使うこともありますが、私は予防医学としての鍼もとても重要だと考えています。定期的に心と身体をメンテナンスして、元気な状態を保つことがとても大切なんです。
私は夢があって、癒やしのテーマパークを作ることなんです。
楽しく癒されて、結果的に健康予防になっているという、とにかく遊びながらみんなが健康になっていく施設です。病気やメンタルで悩んでいる方も、元気になることで、今までの自分から卒業していただく。そういう信念を私は持ち続けていきたいと思います。
日本医専は、先生方も優しいので、勉強の事はもちろん、将来の事も親身になって相談に乗ってくれるので、安心して学校生活を送れると思います。
私もいつでも相談にのりますので、気軽に声をかけてください。

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小熊 重幸さん

CASE10スポーツ
専門治療院
/運動教室開業

シゲズトレーナーステーション 代表
小熊 重幸さん柔道整復学科/鍼灸学科 卒業

明るく・元気に・健康的に。
身体づくりを一生続けていきたい。

PROFILE
柔道整復学科2011年、鍼灸学科2016年卒業。幸祥会 東整形外科、森の中整骨院 就職。高校時代は野球に没頭し、スポーツに関わりたいと日本医専の柔道整復学科へ入学。接骨院勤務を経て、今度は日本医専の鍼灸学科へ入学。体育の先生になりたかった夢を独立開業で叶え、現在は野球部のトレーナーとして母校にも恩返ししながら自分らしいトレーナー活動を貫いている。
まずは柔道整復師になるため日本医専を選んだ。

私は子どもの時から運動が好きで、体育教師になりたかったんです。それは今も思っています。でもずっと野球をやってきたので、自分に合うのは何だろうと人に聞いていたら、柔道整復師という職業が見えてきて、まずその道を選びました。学校はいくつか見ましたが、オープンキャンパスで有名選手に帯同されている先生方の手技を見て、ここはスポーツ界に近そうだなと感じ、日本医専の柔道整復学科に入学を決めました。日本医専ではいろいろ学びましたが、柔道整復を学んだことで身体の鑑別はやはり身についていると感じますね。つい最近も娘が鎖骨を骨折していて、すぐ異変に気づきました。

浦和レッズの有名トレーナーに会いに行って、再び日本医専へ。

その後、卒業してから、私は接骨院で2年ほど働いていました。でもなんだか自分が思っている身体に関わる仕事とは違う。そう思った私は、浦和レッズのアスレティックトレーナーをされている野崎さんという方に会いに行ったんです。尊敬する有名トレーナーですが自分のことを知るわけもない方にどうやって会えるか。当時レッズのセミナーイベントがありましたので、そこへ出かけていき、話しかけました。そこで自分の思いを話させてもらっていたら、「鍼灸の資格を取ってトレーナーになった方がいい。」そう言われたのです。野崎さんに会えば自分の中で何かが変わると信じていた私は、その後すぐに日本医専へ戻って、今度は鍼灸学科に入学しました。

独立開業して、自分らしいトレーナーのあり方へ。

鍼灸学科では、本当にさまざまな年齢の方がいて、勉強になりました。美容鍼灸もさかんな日本医専ですから、私もその技術を身につけ、また自分は施術する側ですが、される側の一般の方の感じ方というのも、実践的な教育をしてくれる日本医専でとにかく勉強したと実感しています。2016年にダブル資格を携えた私はその後すぐに独立開業となるのですが、そのきっかけは日本医専の授業でした。先生に、「キミは何をやっているか分からない。どうなりたいか、自分らしさを一目で分かるように出したほうがいい」と言われたんです。確かに自分はまだあるべき形を追っていたのかもしれません。それからは、吹っ切れたように、自分がやりたいこと、身体について考えること、人に伝えたいこと、を本気で考えて実践するようになりました。実家のとなりに自分の治療院を建てて独立し、いまはトレーナー活動の他、美容鍼灸、子どもの運動教室など、身体にまつわる活動を多岐にわたって行っています。キャリアについても日本医専は学生を積極的にサポートしてくれます。自分は変わったタイプだとは思いますが、日本医専で出会えた先生はじめ様々な方々がいたからこそ、現在の自分があると思って感謝しています。皆さんも、講師が魅力の日本医専にぜひ来てほしいと思います。最後に、独立開業と聞くと大変そうですが、私は埼玉県の開業資金援助を活用しましたし、信念があれば何とかなります。日本医専は独立開業もサポートしてくれますので、夢を大きく持って、好きな世界で自分らしさを見つけてほしいと思います。

PROFESSIONAL
自分らしいやり方を貫く「シゲトレ」。やることはズバリ、身体づくり。

シゲトレのロゴには、五輪のマークをイメージした5色が入っているのにお気づきでしょうか。子どもの運動教室もやっていますが、まだ運動したことのない4歳までの子どもは特に運動神経が伸びますから本当に楽しいですよ。私が目指すのはとにかく最適な身体づくり。野球チームのトレーナーもしていますが、やれることは何でもやっていきますよ!

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大浦 清伸さん

CASE11機能訓練指導員
×福祉施設

社会福祉法人合掌苑
大浦 清伸さん柔道整復学科/鍼灸学科 卒業

生活の中に運動を取り入れて、
みんなが元気になっていくことが
機能訓練指導員として生きると決めた自分の使命だと思っている。

PROFILE
フィットネスクラブのインストラクターとして活動中に、キャリアチェンジを志して本校柔道整復学科夜間部に入学。卒業後は、柔道整復師の知識と技術を活かし、介護福祉施設で機能訓練指導員として活躍中。「柔道整復師×機能訓練指導員」という貴重な存在として、多くの高齢者のケアをおこなっている。
無資格でスポーツ業界で働く先輩の現実を目にして思い立った。

私はもともとフィットネス業界で派遣インストラクターとして働いていました。ある日、派遣先の店舗が突然閉店してしまい、同じように働いているベテランの先輩が行き場を失うという厳しい現実を目の当たりにしました。その時に、自分もこのままではいけない。何かしらの国家資格は必要だと痛感したんです。それから学校を探し始めたのですが、仕事後に通える交通の利便性や学費のことなど色々検討したところ、日本医専が一番でした。学校説明会に行ったとき、先生が即興で手技を披露してくれたのですが、あまりの効果に「魔法か!」と思いましたね。柔道整復師になればこんなことができるのかと。結局それが決め手になり入学を決意しました。

卒業後に役に立つ実践的な知識・技術を身につけられる学校。

とにかく実技・実習が多い学校だと思います。特に記憶に残っているのは、年1回おこなわれる、医大での解剖実習見学です。これは人体の構造を理解する上ではとても重要で、今考えても実際の体に触ることができるというのは本当に貴重な経 験でしたね。そのおかげで写真や模型だけでは分からない細かい部分まで突き詰めて学ぶことができました。他の学校でも解剖実習見学はありましたが、毎年おこなっているのは私が調べた限り日本医専だけ。包帯も巻きたいだけ巻かせてもらえて、とにかく実践的な知識・技術を身につけることができました。

予想外のケガが発生しやすい介護福祉現場において、ケガの鑑別ができる柔道整復師は強い。

別養護老人ホームで働いていますが、高齢者の方はこちらが想像している以上に転倒しやすく、手をひねるなどの小さなケガは日常茶飯事です。機能訓練指導員という仕事は、理学療法士や作業 療法士もおこなうことができますが、ケガの程度(骨 折の有無など)を判断することは難しいと思います。その点、柔道整復師はケガの専門家ですから、ケガの状態がどうなっているのか、鑑別できるのが強み。骨折の疑いがある場合にはすぐ整形外科に連れて行きます。この鑑別の力というのは、学校で教わった解剖 学や生理学の知識、それを基に培ってきた人体構造のイメージが大事になります。他には、普段からどれだけ些細な変化に気付けるか、意識することが大切です。高齢者の方の痛みを和らげてあげると、皆さんとても喜んでくれます。自分の知識と技術が役に立っている実感があって、本当にやりがいがありますね。

PROFESSIONAL
「10の基本ケア」を推進して生活リハビリを浸透させたい。

いま当施設では日常生活の中でできるリハビリを「10の基本ケア」として推奨中です。私がプロジェクトリーダーを務め、柔道整復師ならではの観点で人体構造や人間の動作を細かく分解し、高齢者の方でも無理なくおこなえるリハビリメニューを提案しています。これから更に高齢化社会が進む中で、健康寿命をいかに伸ばせるかが重要。より多くの方に普及させることができるよう、これからも頑張っていきます。

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西畑 ありささん

CASE12鍼灸師×福祉

はり灸治療院クオーレ
西畑 ありささん鍼灸学科 卒業

地域の方々の
医療の入り口でいたい。

福祉関連のデザイナーから福祉の現場へとシフトしていく。

私はもともと美大を出てデザイナーとして働いていたんです。その仕事の中で社会課題をテーマに扱うことが多く、段々とその現場の方へ関心が濃くなっていったんです。
ボランティアをしたり、障害者施設で働かせてもらったり、さまざまな方を、主に言葉がけで支援するようになっていったのですが、精神障害などは特に見た目では分かりにくいですが過緊張の方も多く、実は重症だったりします。そんな実体験を重ねるうち、もう少し身体のことがきちんと分かるようになればもっと人の役に立てるのに。そう思うようになったのです。
そんな中である障害のある方との出会いがあり、その方が愛用されていた「円皮鍼(えんぴしん)」という鍼をいただいて、自分でもその効果に感動したことをきっかけに、「これだ!鍼灸を学びたい!」と思い、学校選びを始めました。

年齢が不安だったが、医専には仲間と先生がいた。

当時の勤務先が山手線の新大久保でしたので、近いことも理由の1つでしたが、夜間部の授業時間や学費、あらゆる手技が学べる環境、すべての面で私にとって日本医専が一番魅力的でしたので、学校は日本医専に決めました。
ただ、20年以上もデザイナーとして働いてきて、今から学生となると正直不安も大きかったです。50代から学生となることに正直不安も大きかったです。年齢的に、体力面でも実現できるだろうかと漠然と不安がありました。
けれども日本医専の夜間部には同世代の同級生も多く、とてもフレンドリーな雰囲気で居心地が良かったですし、キャリアセンターの方はいつも親身に相談に乗ってくれました。先生も授業中は礼儀をしっかりしてくださいますが授業外では砕けた感じのお話もできて、ほどよく緩やかで、私はその雰囲気が大好きでした。
また、日本医専は卒業後も永久会員制の校友会があって、同級生とも今でもLINEでつながって情報交換をしたりしています。何歳からでも日本医専なら学ぶことに不安はないだろうと思います。

日本医専で学んだノートは今でもバイブル。

日本医専の授業は本当に楽しいのですが、特に覚えているのは「解剖学」と「生理学」。先生自身が大好きな分野を楽しんで教えてくれているのが伝わるんです。例えば免疫細胞の働きをドラマのように話してくれたり、カードゲームのように例えて五行色体論を覚えやすく教えてくださった先生もいらっしゃいました。
どれも授業は楽しく、そして学びの濃いものでした。私は今でも日本医専のノートは全部とってあって、現場に持ってきているんですよ。患者さんの悩みを聞いては時々読み返して施術に生かしたりしているんです。まさにバイブルですね。

地域の方々の医療の入り口でいたい。

「目標実現のために、やみくもに自分が動いていく」というのが信条の私ですので、在学中からとにかくたくさんの医院見学にも行かせていただき、卒業後もとにかくあらゆる現場に体当たりで挑みました。日曜が休診の接骨院を使わせていただいて週1の開業も経験しました。どれも貴重な経験で、今でも財産になっています。日本医専は独立開業にも注力していて経営についても学べる環境です。私は特にドイツの開業セミナーで画期的な経営方法を学べたことに感謝しています。
これからも元デザイナーの私らしく、「アート」と「対話(カウンセリング)」の鍼灸を目指して、新しいものにチャレンジしながら、地域の方の医療の入り口になれるよう、そんな窓口でいたいと思います。

院長から

西畑さんは、感じも良くて真面目な方ですし、日本医専で美容鍼も学ばれていたので採用しました。年齢は関係ないですよ。むしろ人生経験が豊富な方が患者さんの心情を汲み取るカウンセリングも上手ですし、更年期の症状に共感できるのも大きいですよね。しかも西畑さんは長年のデザイナー経験を生かしてPCソフトも使えますしSNSにも柔軟です。本当によく働いてくれて、感謝しています。

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渡邉 真吾さん

CASE13スポーツ
トレーナー

日本医専トレーナーズチーム(NITT)
A級ライセンストレーナー
渡邉 真吾さん柔道整復学科 卒業

1番になったことない自分が、
サポートした選手と1位を
味わえる感動。

PROFILE
百貨店勤務から柔道整復師へと転職。30代で日本医専を卒業し、接骨院勤務のかたわら日本医専NITTのトレーナー活動で多くの現場を経験する。今後は敬心接骨院のコンディショニングセンターも担当。アスリート専門のスペシャリスト。
30歳からの転職には正直、不安もあった。

私はもともと学生の頃に百貨店でアルバイトをしていて、そのまま社員にならないかと誘われて入社したので、社会人のスタートは百貨店勤務だったんです。そこで物流なども担当していたのですが、ある日、腰を痛めまして。これがなかなか直らなくて長引いてしまい、上司に相談したら、接骨院を勧められました。それで行ってみたら、なんと劇的に治ったんです。驚きましたね。こんな世界があるのかと。それからです。人のためになる仕事が自分もしたい。この業界で仕事がしたい。そう思い転職を考え始めました。ただ当時、私は30歳目前。いま動かないと遅いと思うと同時に、今からまったく新しいことなんてできるのか。相当な不安がありました。まずは都内の山手線界隈の学校を片っ端から見て回ったのですが、日本医専のオープンキャンパスに行った時に、木下先生の施術と解説を目の前で見て、そのスゴさと、素人の自分にも分かる説明に納得できて、日本医専への入学を決めました。アクセスも抜群ですし即決でした。

日本医専の実技レベルは、普通ではないと卒業後に気づく。

入学してからは、年齢も気になりませんでした。夜間部は同世代を含めてさまざまな学生がいますし、仲も良かったですね。授業もとにかく充実していました。日本医専はとにかく実技が充実しているんですよね。包帯やギプス固定、それから外傷に対する評価の仕方。基本的なことからしっかり学びますが、それを実際に現場で使えるようになるには、やはり実技が大事だと思います。それが日本医専は特別なんですね。学生当時は当たり前と思っていた実技レベルが、卒業して接骨院で働くようになった今、高いレベルの学校だったのだと後から気づいています。同級生とも今でも交流がありますが、日本医専を出た学生は皆実感していることでしょう。

週末トレーナーは楽しい。そしてアスリートの専門家へ。

日本医専を卒業後は、接骨院で働いてきました。30代での転職になりましたが、自分がやりたいことが仕事になっている喜びは、何物にも代えがたいと思います。また、日本医専には、NITTというトレーナーズチームがあります。私も是非そこに参加したい!と声を上げて参加させてもらい、接骨院に勤務し、平日の空き時間や週末にはNITTが契約するスポーツチームのトレーナーを担当しています。私はスポーツの現場が大好きなんです。いま担当している立川ファルコンズは、全日本選手権で優勝しましたし、一緒に喜び勝利を味わえるのはトレーナー冥利に尽きますし何よりの感動です。他にも自分が担当したキックボクサーが優勝したり、男子チアチームが全国制覇をして海外でも活躍したり、私自身は何も1番になったことがない人間なんですが、そんな自分が人の役に立って、1位になる喜びを分かち合える。こんな感動はなかなか無いと思います。まるで自分が世界を制したかのような気持ちになれて本当に幸せです。

PROFESSIONAL
アスリートのためのセンター。
ここに自分の集大成がある。

これまで様々なスポーツの現場でアスリートを見てきた経験を生かして、日本医専の附属院での活動を始めます。私が担当します当センターは10万人のデータに基づく外傷予知システムを導入し、事前にケガのリスクを分析。日常生活動作を含めたパフォーマンスの向上を目指せる環境が整っています。

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新井 杏奈さん

CASE14美容鍼灸師

銀座ハリッチ 表参道院 院長
新井 杏奈さん鍼灸学科 卒業

鍼さえあれば、
人を救うことができる。
私はそう信じています。

PROFILE
鍼灸学科 2015年卒業。2015年4月入社、2018年9月銀座院院長就任、2019年9月表参道院院長就任。エステティシャンだった母の影響で美容鍼灸に関心を持ち、日本医専の鍼灸学科へ。卒業後は、モデルや芸能人にも人気の鍼灸サロン「ハリッチ」に入社。持ち前の技術を生かし、銀座院~表参道院と店長を歴任して、現在はマネジメントにも携わる。
手に職を持った方がいいと強く勧めたのは母でした。

私は、もともと母がエステティシャンだったので、その影響もあって、将来は美容の仕事をしたい、と子どもの頃から何となくずっと思ってきたんです。それで進路を決めるときにも自分で勝手に好きな専門学校を調べていたのですが、それを高校卒業も近づいてきて母に伝えたら、「これからは絶対に美容鍼灸の時代が来る。手に職を持った方がいい。」と言ったんです。必ず、鍼がもっと大事な時代が来る。資格が重要になってくる。そう母が私に強く言ったんですね。それまで専門学校もトータルビューティ系の人気校をただ深く考えず見て回って決めかけていたのですが、母の勧めがあったことで、日本医専をはじめ鍼灸の学校を見て周りました。その中でも、日本医専は、オープンキャンパスでとにかく学生も先生も親身で楽しく、何もわからない私を優しく受けとめてくれて、また鍼についても医療っぽいイメージではなく、親しみやすいものとして分かりやすく教えてもらえる学校だったため、とても気に入って日本医専への入学を決めました。

日本医専は先生が特に良い。距離感がいいし学びやすい。

入学してからは、医療的な分野の授業は確かに大変でした。国家資格の勉強もそうですが、はじめて体験する勉強ばかりでしたので、難しかったですね。特に、中医学や東洋医学は、使ったこともない漢字を使ったりしますし、知らないことが本当に多く、身体についてもこういう考え方もあるんだ、と根本の軸から変わるくらいの衝撃が入学直後はありましたね。ただ、日本医専は先生がとにかく良くて、山中先生は特に優しくて楽しい先生で、むしろ先生というより親身になってくれるお兄ちゃんのような存在でした。日本医専では、最初は難しいことも次第に身につきます。私は実は最初は鍼を受けるのが苦手で自分ではほとんど受けていなかったんですが、それでは患者様の気持ちも分からないですよね。日本医専の先生に痛くない鍼の方法を教えていただいてからは、鍼を打つのもさらに好きになりましたし、それが今も仕事にとても活きています。実習でも、まず症状をポンと出されて、それに対しての施術を自分で探してやってみる授業があるんですが、本当に色々なアプローチがあり、とにかく実践的でためになりました。それに日本医専ではパルスも学ぶのですが、意外とこれを触ったこともないという業界の人も多いんですよ。

鍼灸に興味があるだけで十分。日本医専に来ればいい。

いま私は、ハリッチで院長を務めさせていただいていますが、院長ももう2年目。前の銀座院でも今の表参道院でも、プレイヤーとマネジメントの両方を経験してきて、本当に今充実しています。当院には、もっと鍼灸のイメージアップをして広めていきたいというミッションがあり、私も本当にそう思い実践していますが、最近流行りの美容鍼灸だけでなく、未病とか予防の視点での鍼灸もどんどん注目されるようになってきて、これから楽しみな時代になると信じています。また、女性としても長く活躍できる世界ですし、これから鍼灸を学ぼうという人材にも期待しています。鍼さえあれば、人を救うことができる。私はそう信じています。私は日本医専で学んだおかげで施術の手際がいいようで、次第に後輩の指導や院の経営まで任されてきましたが、特に体力・気力が人より優れているということはありません。ただ日本医専で学んで、今があるんです。もしも鍼灸に巡り合わせがあって興味を持ったのなら、とにかく日本医専にさえ来ればいい。と思います。ここなら何も分からない状態から一流の医療人になれると私は思います。

PROFESSIONAL
日本医専では当たり前の「片手挿管」。これで仕事は速くなる。

日本医専の授業で教わった片手挿管。いわゆる片手で鍼を鍼管に落とし、すぐに刺せる状態にすることですが、これが速くできると当然その仕事は速くなり、現場で差が出ます。日本医専ではこの他にもたくさんの手技が身近で見られて学べてとても良い環境だと思います。

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