浮谷先生コラム 第11弾 ~Birthday Olympic~

こんにちは!
日本医学柔整鍼灸専門学校 広報担当です。
浮谷先生コラムの第11弾をお届けいたします!


皆さんこんにちは。専任教員の浮谷です。
このブログは9月5日深夜から6日にかけて~東京パラリンピック2020が閉会式を迎えた日から記しています。
すでに先月、東京オリンピック2020や甲子園の高校野球大会も幕を閉じました。
コロナ禍で心配される中、今年の《スポーツの夏》も終わりが近づき、「オリパラ・ロス」というのでしょうか?
テレビで観戦疲れの人もいるかもしれません。
今回は去り行く夏の大会を惜しみつつ、Birthdayネタで少々お付き合いください。

前回、私のブログでは年齢を隠さず「初老の哀感?」を漂わせていました。
申し遅れましたが自身のBirthdayは6月14日です。
ご存じのようにネットの時代になって、その日にどんなことがあったのか?すぐわかるようになりました。
そこでこの日の出来事~《今日は何の日》からOlympicや医学に関する当時の記録を取り上げてみたいと思います。

Olympic関連で申しますと、6月14日は
1914年(大正3年):「五輪旗制定記念日」
パリで開かれたオリンピック委員会で5色のオリンピック旗(五輪旗)が制定されました。

国旗で言いますと時代がさらに遡りますが
1777年:「フラッグデー」~アメリカ合衆国
アメリカ合衆国議会がこの日、星条旗をアメリカ国旗と制定しました。

日本のニュースでは
1940年(昭和15年):勝鬨橋(かちどきばし)が完成‼
これには少々解説を要します。
1940年直前の日本は「紀元2600年記念行事」の一環として帝都・東京でオリンピック1940と日本万国博覧会1940を開催すべく準備をしていました。
2つの国家的イベントのシンボルとしてこの日、可動橋「勝鬨橋」が完成したのです。
しかし残念ながら2つとも日中戦争の激化等で開催中止になってしまいました…。
記録によれば当初から両大会は現在の月島・晴海会場を設定し、銀座方面から隅田川を渡って入場する言わばオープニング・ゲートとしての役割を勝鬨橋は担っていたわけです。今回のオリンピックで言えば「高輪ゲートウェイ駅」と同じですね!

今や「開かずの橋」になってしまった勝鬨橋ですが「幻の東京オリムピック1940」「幻の日本萬國博覧会1940」のシンボルとして現在に至っております
(注/オリムピックや萬國と記載すると、1940年の東京大会を意味するそうです)。

長くなってしまいました。続いては医学関連で2つほど。
「認知症予防の日」:医学者・精神科医であり、「アルツハイマー病」発見者のアロイス・アルツハイマー(1864年/ドイツ)の誕生日に由来して日本認知症予防学会が制定しました。
「世界献血者デー」:病理学者で「ABO式血液型」を発見したカール・ラントシュタイナー(1868年/オーストリア)の誕生日に由来して国際赤十字連盟や国際輸血学会などが合同で制定しました。

おまけ/前回のブログで『東京物語』~小津安二郎監督作品を紹介しましたが、映画がらみでもう1点、
1949年(昭和24年):映倫発足の日
この日、映画倫理規定管理委員会(映倫)が発足したことに由来します。ちなみにこの年の
小津監督作品は『晩春』!キネ旬第1位の名作です。

以前も記したことですが、皆さんもご自身のBirthdayを調べるときっと面白い発見がありますよ。

(監修/浮谷英邦先生:歯科医師・介護支援専門員)

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